羽島ボーカルアカデミー松本校 ボイストレーニング
3、倍音のススメ
ボーカリストたちの誤解のひとつに、声を大きくすると、歌が良くなる思っていることがあります。
「当たり前じゃないか。声がでかけりゃマイクの通りも良くなり、いいことづくめだろうが」という声が聞こえてきそうです。
声には2種類あります。
ひとつは基音。
ひとつは倍音。
基音は自分が出していると思っている声。
「ラ」の音だしてくださいと言われて出す音程をいいます。
倍音は基音を出すことによって導き出される声。
もともと音=声には周波数というものがあります。
この周波数は、音の振動の数を言います。
つまり「ラ」なら1秒に440回の振幅。
倍音はこの振幅に同調して出てくる音をいい、ひとつではなく無数、存在することになります。
そう覚えておいていだければ、ここまでは大丈夫です。
わかりやすいように、新人の役者さんの話をします。
初めての舞台、頑張って成功させたいと思うのは誰しも同じ。
舞台の現場に行って、恋人に「愛している」とささやく場面になりました。
やさしい声で「愛している」と隣の女優さんに囁きます。
舞台監督に「おい、聞こえない」と言われ、もう少し大きな声でセリフを言ってみます。
「おい、全然聞こえないぞ!」と監督さん。「こちらに聞こえるようにセリフを言え!」と言われ、
「愛している!!」と叫んだら、なんで芝居を壊すんだ、と怒られたという話があります。
なんとなく想像できる場面だと思いませんか?
そんな時、あなたならどうしますか?
叫ばず、声を張り上げず、「愛している」と伝わるように言うためには、
伝わりやすいシステムが、声にはあるということを、知るといいでしょう。
先程も触れましたが、声には自分が出しているつもりの響きである「基音」と、基音を出すことで頼みもしないのに出てくる「倍音」があります。
その方の声量は「基音」+「倍音」の総和。
つまり、自分が一生懸命出しているつもりでも、相手に伝わる声の成分としては「基音」+「倍音」なので、基音だけでは限界があります。
倍音を一番簡単に出す方法は、体を緩めることです。
赤ちゃんが小さな体で泣くと、驚くほど響きます。これは、生まれたばかりの柔らかく緩んだ体で泣くからで、倍音効果が反映されているのです。
基音を上げるというのは、体を固めて肺から出てくる空気の量を上げること。
つまり体が固まってしまうので、倍音が出なくなります。
努力して倍音を出さないようにしてしまっているのです。
大きな声を出すことの仕組みを知らないと、基音ばかり上げようとして倍音を出せなくなるというシステムになってしまうのです。
その良い例が応援団の団長の声。
もちろん声は大きいですが、基音をあげる目的で強い風圧で声帯筋を吹きあげるため、
結果的に声帯筋を痛め、声がガラガラになってしまう場合が多いですし、ある一定以上から思ったほど声量は上がりません。
大きく声を出したいということの先にある思いは、相手に伝わりやすい声を出したいということ。
先程の新人の役者さんに、監督は恋の場面で叫べとは言っていません。伝わるようにセリフを言えと。
この役者さんは体を緩めて倍音を出す方法もあったのですが、普段からそうした意図を持って練習していなければ、倍音を出すことは難しいでしょう。
ボイストレーニングを持続して行なっているボーカリストの声の倍音の構成表と、何もしていない一般の方の構成表の比較です。
(画像1)
まったく違うと思いませんか?
ボイストレーニングをしているボーカリストの声は倍音が出るようになっていて、基音より倍音のほうが多くでるシステムになっています。
その一方、一般の方の声、は基音だけで構成されていることが分かります。
このボーカリストは、自分の声がどうして通らないのか、ずっと悩んでいるという相談をしてきました。
その時の私の答えは、「倍音を育てましょう」でした。
体を緩めるだけではなく、ボイストレーニングを行うことで、声帯筋に支えられたマイク乗りの良い、豊かな倍音が声に備わります。
効率よく伝わる声に変わっていくのです。
いかがだったでしょうか。
ポップミュージックにおける発声の研究は、まだ発展途上といえます。
世の中には根拠の無い間違った情報が錯綜していて、混乱してしまっている方が多くいらっしゃるでしょう。
まず、声を出す、歌うための声帯の仕組みを正しく知ることが大切だと思います。
トレーニングされた声帯が出す倍音とされていない声帯が出す倍音の比較です。左は紅白歌合戦などに出場しているボーカリストの倍音を測定したもの。右はそのマネージャーの倍音を測定したものです。